羽村市・羽東の禅林寺。
「大菩薩峠」で知られる、作家・中里介山ゆかりの古刹です。
禅林寺にほど近い、羽村市郷土博物館には、介山ゆかりの「赤門」も。
介山の故郷・羽村を散策しました。
目次
武蔵野の西、羽村を愛した、中里介山を訪ねる小旅
文豪・中里介山の生まれ故郷、羽村
東京・西多摩の羽村。作家・中里介山の故郷です。
「大菩薩峠」の作者で知られる、中里介山。
世界最長の小説、ともいわれる大菩薩峠。現在も発売され、なんと文庫本で20巻もあります。
元々は1913年に連載した新聞小説。未完の最終巻は1941年と28年間、書き続けた大作です。
享年59歳の介山に取っ手、まさに半生を賭けた作品です。
著作権の切れた中里介山の作品は、青空文庫で無料で読めます。Amazonの電子書籍アプリKindleでも大菩薩峠が無料で購読可能。スマホやタブレットでも読めます。
小説は長すぎる、という方は、映画で楽しむのも良いでしょう。DVDやストリーミングサービスで鑑賞できます。
大菩薩峠は、日活、大映、東宝で映画化。日活版は戦前の制作で、介山に5万円ほど、支払われたとか。現在の貨幣価値ならば1億円程度となります!
中里介山が眠る、羽村・禅林寺へ
JR青梅線・羽村駅西口から、徒歩10分弱。羽村街道を西へ下ります。
坂を下ると、右手に禅林寺。中里介山の菩提寺です。
山門をくぐり、境内へ。
禅林寺は、臨済宗・建長寺派の禅寺。文禄2年(1593年)に創建された古刹です。
本堂、右前には、小さな日本庭園も。
春は、ツツジに彩れる庭。
蓮の浮く池も。付近は崖線、「ハケ」の湧き水でしょうか?
本堂左手には、天明義挙(てんめいぎきょ)の碑。
江戸時代中期・天明4年(1784年)に起きた、農民一揆の殉職者を讃えた碑です。
天明義挙とは
浅間山・噴火の影響と洪水が重なり、大飢饉に。投機的に穀物を買い占めた富豪の蔵を、民衆が打ち壊しました。
この一揆がきっかけに、松平定信が主導する、寛政(かんせい)の改革が行われます。
大名に米を備蓄させ、天災に備える積立金制度を導入。大奥の予算をカットするなど、緊縮財政を打ち出し、幕府の財政を立て直します。
もっとも、それが災いし、松平定信は失脚。
既得権益が抵抗勢力となるあたり、今の日本と重なりますね。
みんな遊びや贅沢が大好き、節約なんてまっぴら御免。行き過ぎた改革は、支持されないのです。
本堂左側から、中里介山のお墓へ。
坂道を登り、墓地へ向かいます。
崖線の道、中々の風情があります。
路傍には、シャガの花。
意外と広い墓地、「介山居士墓 入口」の石碑を頼りに進みます。
中里介山のお墓に到着。この地で生まれ、この地に散った文豪がここに眠ります。
禅林寺から、羽村市郷土博物館へ
禅林寺から多摩川を渡り、羽村市郷土博物館へ。
途中、蔵などもあり、風情ある町並みです。
玉川上水を渡ります。少し上流には、羽村の堰もあります。時間があれば是非、立ち寄ってください。
玉川上水、羽村の堰の詳細は、上記・関連記事をご覧ください。
羽村堰下橋を渡り、羽村市郷土博物館へ。
博物館は室内展示のほか、貴重な建築物が見学できる室外展示があります。
室内展示では、中里介山の自筆原稿などもあり、必見です。
室外展示の赤門。
江戸時代中頃の建築物で、三ヶ島(現在の所沢)の目医者・鈴木一貫の家門でした。
昭和初期に中里介山が譲り受け、羽村に移築。その後、博物館に寄贈されました。
羽村市内に民家を移築した、旧下田家住宅。江戸時代後期の農家です。
国指定重要有形民俗文化財に指定。
室内には、囲炉裏も。
丹木村(現在の八王子)の千人同心・田中郡次家の門。
千人同心は、徳川家直属の警備隊。八王子を拠点に、日光東照宮や蝦夷地などへ派遣し、警備をします。
新選組に武術を授けた井上松五郎は、千人同心の世話役。近藤勇、土方歳三、沖田総司などに伝授しました。
千人同心は、いわば新選組のルーツ。多摩地方の出身が多いのも偶然ではありません。
中里介山「大菩薩峠」では、新選組の近藤勇なども登場します。江戸時代中期の義賊・裏宿七兵衛とも登場し、時代考証的にはテキトー。娯楽小説ゆえ、あまりツッコまない方が楽しめます。
介山公園を経て、羽村駅へ
中里介山・終焉の地、介山公園へ。
やや分かりにくい所で、スマホの地図を頼りに向かいます。
普通の児童公園ですが… 中里介山が、「西隣村塾」を開いた場所です。
西隣村塾は、農業と塾教育を一体化した私塾。介山は農業教育にも力を入れていました。
そういえば、宮沢賢治は介山を敬愛していましたが、農業教育に対する姿勢は共通していますね。
映画の放映権料や印税を塾につぎ込み、本人は質素な生活。晩年まで、庶民的な視線を持ち合わせていました。
近所の方にお話を伺うと、介山はこの付近の土地を、かなり持っていたのだとか。ベストセラー作家らしく、それなりの資産があったのでしょう。
介山公園から、JR羽村駅へ戻ります。10分弱の道のりです。
「大菩薩峠」に登場する、義賊・裏宿七兵衛の墓は、青梅市・宗建寺にあります。
羽村から青梅へは、列車で4駅。時間があれば、青梅へ立ち寄るのも面白いですね。
インフォメーション
マップ
JR青梅線・羽村駅 …〈10分〉… 禅林寺 …〈20分〉… 羽村市郷土博物館 …〈40分〉 … 介山公園 …〈10分〉… 羽村駅
ー計1時間20分ー
問い合わせ先
●羽村市郷土博物館
Webサイト… https://www.city.hamura.tokyo
開館時間… 9:00〜17:00(野外展示は16:00まで)
休館日… 月曜日・年末年始
入館料… 無料
電話… 042-558-2561
参考文献
●井上源三郎資料館
http://genzaburou.com
●羽村市郷土博物館
https://www.city.hamura.tokyo.jp
●京浜河川事務所 多摩川先人館
https://www.ktr.mlit.go.jp/keihin/keihin00485.html