湖底の城跡・川野城山&熊野神社が出現!記録的な雨不足の奥多摩湖を探索

東京の水瓶、奥多摩湖(小河内ダム)。
2026年冬の記録的な小雨で、2月中旬には貯水率は40%を割り込みました。
水位も下がり、川野山城と熊野神社跡も出現。
湖底に沈んだ遺構を探索しました。

30年に一度の水不足、奥多摩湖底の歴史探索

記録的な小雨の奥多摩湖

奥多摩湖の貯水率

多摩川上流部・東京の水瓶、奥多摩湖(小河内ダム)。
記録的な小雨で、2026年3月には貯水率36%を割り込みました。

奥多摩湖
通常の奥多摩湖

上の写真は、堤防付近の通常時の光景。

渇水の奥多摩湖

こちらは2026年3月11日の光景。いつもは水面に沈む半島が露出しています。

渇水の奥多摩湖・川野付近
奥多摩湖・深山橋付近

上流部は更に干上がり、湖というより川です。

渇水の奥多摩湖の、ひび割れた湖底

乾燥して、ひび割れた湖底。

渇水の奥多摩湖・深山橋
深山橋

橋の橋脚も殆ど露出しています。
これほど低い貯水率は平成以来初めてとのこと。
東京都の水道は荒川・利根川水系が8割で、直ちにに影響はないものの…
節水を心がけるレベルです。

湖底の城・川野山城と、熊野神社

多摩川の上流部に位置する奥多摩湖。本流をせき止めたダム湖です。
ダム建設により、945世帯約6,000人が移転。
旧小河内村と山梨県丹波山村・小菅村が湖底に沈み、1957年に完成しました。

1957年・奥多摩湖地図
1957年国土地理院五万分の一・地形図「五日市」より引用・加工

1957年発行・奥多摩湖完成前の地図に湖を重ねると…
川沿いの集落が湖面に沈んだのが確認できます。

奥多摩湖・川野城山の地図
国土地理院・電子国土より引用・加工

奥多摩湖・上流部の川野地区では、川野城山跡・熊野神社が湖底に沈みました。
地元の方の話や、文献などから推測すると、奥多摩周遊道路の三頭橋付近。
香蘭橋・東側の、かつての尾根上に存在したようです。

奥多摩湖・川野城山・熊野神社跡

今回の渇水で、湖面が低くなり、露出。対岸からも確認できます。
河原近くの石垣は集落跡なのでしょうか?

奥多摩湖・熊野神社跡

こちらは、熊野神社跡。石垣もあります。

奥多摩湖・熊野神社跡の石垣

水で磨かれたのか、石も綺麗です。

奥多摩湖・熊野神社跡の木

朽ちた木々。
ダム完成前、集落の記録を残した、奥多摩湖愛護会編「湖底の村の記録」(国会図書館デジタルコレクション)によると、神社には大きな杉の木があったのだとか。まさかこの木?

奥多摩湖・川野城山・熊野神社跡

熊野神社と沢を挟み、西側が川野山城跡。画面左側の尾根上にあったと云われます。

奥多摩湖・川野城山・熊野神社跡

この地形でよく城を建てたものだなと。規模は小さかったと思われます。

奥多摩湖・川野城山・熊野神社跡付近の河原

管理が良い奥多摩湖。浚渫等で、比較的土砂の流入が少ないと言われますが…
それでも50年以上の年月で、川沿いの集落は埋まったのでしょうか?

奥多摩湖・川野城山跡

香蘭橋から、城跡を俯瞰。

奥多摩湖・川野城山跡付近の集落

熊野神社付近の河原には石垣が点在。

奥多摩湖・川野城山跡地図
1957年国土地理院五万分の一・地形図「五日市」より引用・加工

昔の地図では、建物らしきものが描かれています。おそらく、川に沿って道もあったのでしょうね。
「湖底の村の記録」では、城跡付近にお寺もあったようですが、痕跡は見当たりません。

渇水は心配ですが… 湖底に沈んだ遺構が見られる貴重なチャンスです。
対岸の青梅街道からでも、確認できるので是非どうぞ。

インフォメーション

アクセス

JR青梅線・奥多摩駅より、西東京バス「鴨沢西」行にて「深山橋」バス停下車・徒歩20分(香蘭橋付近)

近くのオススメスポット

SNSで記事を紹介!